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前橋地方裁判所 昭和46年(ワ)333号 判決 1973年1月18日

原告 北爪尚一

被告 国 外一名

訴訟代理人 大関和夫 外四名

主文

原告の被告国および同五代たかに対する各請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

被告国に対し

1  被告は原告に対し、別紙物件目録記載の土地を明渡せ。

2  被告は前項の土地につき被告のためになされた前橋地方法務局大胡出張所昭和四六年六月七日受付第二一七〇号の昭和三五年七月一日農地法九条の規定による買収を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  第一、三項につき仮執行宣言。

被告五代たかに対し

1  被告は原告に対し、別紙物件目録記載の土地を明渡せ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(被告国)

1 原告の各請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(被告五代たか)

原告の請求を棄却する。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は昭和二一年二月二四日、原告の祖父北爪勝寿の死亡により家督相続して別紙物件目録記載の土地(以下本件土地という。)の所有権を取得した。

2  被告国は昭和三五年七月一日、右土地を原告から買収して、同三八年一二月一日それを被告五代たかに賃貸し、同四六年六月七日右土地につき右買収を原因とする所有権移転登記を経由した。

3  しかしながら被告国による本件土地の右買収処分(以下本件買収処分という。)は後記理由により無効である。

(1)  本件土地の使用状況の推移は次のとおりである。

(イ) 本件土地が前記北爪勝寿の所有であつた昭和一二年四月三日、同人は右土地を期間一〇年と定めて訴外滝沢林平に賃貸し、以後右滝沢がこれを耕作していた。

(ロ) ところが、昭和二二年九月一五日群馬県下を襲つた台風により本件土地付近を流れている荒砥川が氾濫して本件土地に土砂巨岩が流入し(以下これを本件被災という。)、本件土地は河原同然の状態となり、農地としての利用が不可能となつた。

(ハ) このため、原告(右被災の時点においては原告は前記相続により本件土地の所有権とともに賃貸人としての地位も取得していた。)、滝沢林平間の本件土地賃貸借契約は当事者の責に帰すべからざる事由により履行不能に帰して消滅し、その後右土地は登記簿上も地目が原野と変更され、原告は原野のままこれを所有者として管理していた。

(ニ) ところが、昭和二六年夏ころにいたり本件土地について所有者である原告に何の連絡もなく耕地整理が進められ、何者かによつて原野であるはずの本件土地が耕作されていくので調査したところ、本件土地を被告五代たかの夫訴外五代武雄が耕作していることが判明した。

(ホ) そこで原告は、右五代に対しその即時明渡を求めたところ、同人は原告に対し、本件土地は自作農創設特別措置法(以下自創法という。)により国によつて買収され、昭和二三年六月三〇日、国から同人に対して売渡されたものであるから明渡すことはできないとしてこれを拒絶した。

(ヘ) しかしながら、本件土地については買収の事実は全く存在せず、五代武雄の右主張は虚偽、架空のものであつたので、原告は昭和三二年三月、前橋簡易裁判所に右五代を相手方として本件土地の占有移転禁止ならびに現状変更禁止の仮処分を申請してその旨の決定を得たうえ、同月同人を相手どり右同裁判所に本件土地明渡請求訴訟を提起した。

(ト) 右訴訟において、五代武雄は当初本件土地は国から売渡しをうけたものであると主張していたが、右土地について買収処分の事実が存在しないことが明白になるや、今度は本件土地に対する原告の所有権を認め、小作権を主張するにいつた。

(チ) しかし、右裁判の過程において五代は右小作権を有せず、同人の本件土地使用は全く不法なものであることが明らかとなつたのである。

(リ) ところが、右訴訟係属中大胡町農業委員会は、原告が同農業委員会に対して本件土地については前橋簡易裁判所で係争中であり、また本件土地は農地法六条一項一号に該当するとすることについて異議ある旨を申し出ていたにもかかわらずそれを無視し、右土地を小作地と誤認して買収計画を樹立し、被告国は右計画にもとづいて買収したものである。

(2)  以上の経緯に照らすと、本件買収処分は農地法二条二項にいう小作地といえない本件土地を小作地と誤認してなされたものであつて無効であるといわなければならない。すなわち、農地法二条二項にいう小作地とは耕作の事業を行なう者が所有権以外の権原に基いてその事業に供している農地をいうものであるところ、本件土地については前述のように五代武雄にはなんらの権原もなく、従つて本件土地は小作地ではない。しかるに大胡町農業委員会は、本件土地につき右五代に小作権があるものと誤認して買収計画を樹立したものであるが、五代になんらの権原もないことは所有者である原告に事情を聞くか、あるいは本件土地をめぐる前記裁判の進行状態について前橋簡易裁判所で調査すれば容易に判明し得たのに、同農業委員会はそれをしないで右計画を樹立したものであるから右計画は重大かつ明白な瑕疵ある無効なものというべく、これにもとづいてなされた被告国の本件買収処分もまた無効であるといわねばならない。

(3)  また前記(1) の経緯に照らすと、本件買収処分は農地法二条一項にいう農地といえない本件土地を農地と誤認してなされたものであつて無効であるといわなければならない。すなわち、農地法二条一項にいう農地とは耕作の目的に供されている土地をいうものとされるが、それが所有者以外の者によつて耕作されている場合にはその耕作が土地所有者の意思に反するものでないことを要するものと考うべきところ、本件土地は前述のように水害により河原同然の状態となつて登記簿上も畑から原野と変更され、原告は原野として所有し管理していたのを、五代武雄が原告に無断で不法に耕作を開始して事実上耕作の目的に供していたにすぎず、右耕作は原告の意思に反してなされていたものというべきである。従つて本件土地は農地法上の農地ではないものといわねばならない。しかるに大胡町農業委員会は、本件土地を農地と誤認して買収計画を樹立したのであるが、前述のように原告は同農業委員会に対し、本件土地について現に裁判が進行中である旨を申し出ていたのであるから、同農業委員会は原告に照会するか、または前橋簡易裁判所で調査すれば、五代武雄の本件土地耕作は所有者たる原告の意思に反するものであることが容易に判明したにもかかわらず、この点についての調査をことさら怠り本件土地を農地と誤認して買収計画を樹立したものであるから右計画は重大かつ明白な瑕疵ある無効なものというべく、これにもとづいてなされた被告国の本件買収処分もまた無効であるといわねばならない。

(4)  よつて原告は所有権にもとづいて被告国および同五代たかに対し本件土地の明渡を求めるとともに、被告国に対し前述の無効な本件買収処分を原因とする本件土地所有権移転登記の抹消登記手続をすることを求める。

二  請求原因に対する認否(被告両名共通)

1  請求原因1、2は認める。

2  同3(1) のうち

(1)  (イ)、(ホ)は認める。

(2)  (ロ)は認める。ただし農地としての利用が不可能となつたのは一時的なものであつた。

(3)  (ハ)のうち、原告が本件被災の時点において既に相続により本件土地の所有権とともに賃貸人としての地位も取得していたこと、本件被災後右土地は登記簿上地目が原野と変更されたことは認めるが、その余は争う。

(4)  (ニ)のうち、本件土地について耕地整理が進められたこと、本件土地を被告五代たかの夫訴外五代武雄が耕作していたことは認めるが、その余は否認する。

(5)  (ヘ)のうち、買収の事実が存在しなかつたこと、原告主張のころその主張のような内容の仮処分申請、同決定、訴訟提起がなされたことは認める。

(6)  (ト)、(チ)は不知。

(7)  (リ)のうち、訴訟係属中大胡町農業委員会が本件土地について買収計画を樹立し、被告国がそれにもとづいて買収したことは認める。

3  同3(2) ないし(4) はいずれも争う。

三  被告両名の主張

1  原告主張のように、本件土地は昭和一二年ころ原告の先代北爪勝寿より滝沢林平に賃貸され、滝沢において耕作していたのであるが、同一八年ころ、被告五代たかの夫五代武雄が右滝沢から本件土地を転借して耕作するに至り、その約二年後に右五代は右転貸借につき所有者北爪勝寿の承諾を得たうえ耕作を続けていた。

仮に右転貸借につき右北爪の承諾を得ていなかつたとしても、それは当該転貸借をもつて賃貸人たる土地所有者に対抗することができないというにとどまり、右農地が土地所有者の自作地あるいは休耕地となるものではなく、農地法上転借人が耕作する小作地として取扱わるべきものである。

2  昭和二二年九月一日、大胡町農地委員会は自創法六条の規定にもとづき、買収期日を同年一〇月二日と定めて本件土地の買収計画を樹立し、右計画について同年八月三〇日同法六条五項所定の公告をするとともに縦覧期間を同年九月二日から同月一三日までと定めてその期間、本件土地買収計画に関する書類を大胡町役場において縦覧に供し、同日原告あてにこの旨を通知したが、右期間内に原告からは本件土地につき異議申立はなされなかつた。

3  かくて同農地委員会は右買収計画について群馬県農地委員会に自創法八条の規定による承認方を申請し、同年一〇月二日右承認がなされた。

4  ところが、本件土地は同年九月の荒砥川氾濫による水害で被災するにいたつたので、大胡町農地委員会は本件土地を買収計画から削除することとし、所定の手続を経て県農地委員会に右計画の修正承諾を申請し、同年一二月ころそれが承認されて本件土地は買収の対象からはずされた。

5  しかるに、群馬県知事は本件土地につき誤つて昭和二三年六月三〇日付売渡通知書を、売渡期日を同二二年一〇月二日と記載して五代武雄に交付するという違法な手続をなしてしまつた。

6  ところで、本件土地被災後直ちに復旧工事が開始されるとともに、昭和二三年二月五日本件土地付近一帯の農耕地を対象として群馬県知事の認可を得て荒砥川耕地整理組合が設立されたが、その際同組合は本件土地の所有名義人北爪勝寿に対し右組合に加入するよう求めたところ同人からはなんの連絡もなかつたため、五代武雄が本件土地の耕作者として耕地整理のための組合員負担金等を納入していた。

7  そして昭和二五、六年ころには本件土地付近は耕地整理もほぼ完成し、このころより被告五代たかは耕地整理後の新しい土地を再び耕作し始めており、同二八年三月一九日には同組合はすべての整理事業を終えてその登記を完了したが、この間原告から被告五代に対し右耕作についてなんらの異議も申し出されなかつた。

8  ところが、前記5において述べたように売渡処分はいまだ買収されていない農地を目的とするものであつたことが判明したため、群馬県知事は昭和三二年四月八日、右処分を取消した。

9  昭和三四年一二月二四日、大胡町農業委員会は本件土地が農地法六条一項一号に該当する旨の確認決議をなしたうえ、本件土地の所在、地番、地目および面積、これが農地法六条一項一号に該当するものであり、同農業委員会においてその旨確認されたことを、農地法八条により土地所有者である原告に対し昭和三五年一月五日通知し、同年一月七日より同年二月六日までの一か月間同農業委員会事務所に公示して縦覧に供した。

10  原告は右通知をうけたことにより、譲渡すべき期間を昭和三五年四月八日まで延長されたい旨の通知を同年二月四日右農業委員会あてになしたが、昭和三五年五月一三日、同農業委員会は本件土地を農地法九条一項の規定により買収すべきものと決議し、同月一七日群馬県知事に対し農地法一〇条による進達をなした。

11  群馬県知事は、昭和三五年五月二三日、本件土地につき買収期日を同年七月一日、買収の対価を七、〇四〇円等と必要事項を記載した買収令書を作成して、そのころこれを原告に、その謄本を右農業委員会にそれぞれ交付した。

12  本件土地の買収の対価の支払いについて、被告国は対価額である金七、〇四〇円を昭和三五年六月一八日日本銀行に交付して群馬銀行大胡支店に送金させ、その旨を右同日原告に配達証明郵便をもつて通知し、同郵便は同月二三日原告に到達したので、農地法一三条四項の規定により被告国は同日本件土地の対価を原告に支払つたものとみなされる。

13  よつて、農地法一三条一項の規定により、群馬県知事の作成した買収令書に記載された買収期日である昭和三五年七月一日に被告国は本件土地の所有権を取得した。

14  被告国は右所有権にもとづいて現在被告五代たかに本件土地を貸付けているものである。

四、被告両名の主張に対する認否

1  被告両名の主張1のうち、訴外五代武雄が同滝沢林平から本件土地を転借、耕作したこと、北爪勝寿が右転貸借を承諾したことは否認し、仮定主張は争う。

2  同2ないし5、8は不知。

3  同6、7、13は争う。

4  同9ないし12のように本件買収処分が手続的には瑕疵なくされたことは認めるが、その効力は争う。

第三証拠<省略>

理由

一  原告が昭和二一年二月二四日、原告の祖父北爪勝寿の死亡により家督相続して本件土地の所有権を取得したこと、被告国が昭和三五年七月一日、右土地を原告から買収したが、右買収は被告両名主張9ないし12のような手続でなされ、手続的には瑕疵がなかつたこと、被告国が昭和三八年一二月一日、右土地を被告五代たかに賃貸したこと、ならびに同四六年六月七日右土地につき右買収を原因とする所有権移転登記を経由したことは当事者間に争いがない。

二  原告は、被告国の本件買収処分は、本件土地が農地法上小作地でないのに小作地と誤認し、また農地法上農地でないのに農地と誤認してなされたものであるから重大かつ明白な瑕疵があり、従つて右買収処分は無効であると主張し、被告両名はこれを争うので以下の点について順次判断する。

1  本件土地は農地法上の小作地でないとの主張について

(1)  原告の先代北爪勝寿が昭和一二年四月三日、本件土地を訴外滝沢林平に賃貸したことは当事者間に争いがない。

(2)  ところで、<証拠省略>によれば、右滝沢林平は昭和一八年ころ、本件土地を北爪勝寿の承諾なくして被告五代たかの夫五代武雄に転貸し、以後五代武雄が被告五代たかとともに耕作していたところ、同二〇年ころにいたり、右滝沢林平から地代は北爪勝寿の方に直接支払つて同人から右転貸借について承諾を得てくれるよういわれたので、被告五代たかが北爪勝寿宅を訪れ、同人から本件土地の右転貸借について承諾を得て、以後地代を同人に対して直接持参して支払つていたことが認められる。右認定に反する<証拠省略>もいまだ右認定を履すに足りない。そして他に右認定を左右する証拠はない。

(3)  以上の事実によれば、五代武雄の本件土地耕作は、当初は賃貸人である北爪勝寿に対抗し得ない滝沢林平との転貸借契約にもとづいてなされていたことが窺われるが、昭和二〇年ころには、滝沢林平、五代武雄間の右転貸借につき右北爪勝寿の承諾を得たのであるから、右時期以降五代武雄の本件土地耕作は正当な権原にもとづいてなされていることが認められる。

(4)  しかして右時期以降の本件土地をめぐる使用状況の推移については次のとおりである。すなわち、<証拠省略>を総合すると次の事実を認定できる。

(イ) 昭和二二年九月一日大胡町農地委員会は自創法六条の規定にもとづき、買収期日を同年一〇月二日と定めて本件土地の買収計画を樹立し、右計画について同年八月三〇日、同法六条五項所定の公告をするとともに従覧期間を同年九月二日から同月一二日までと定めて、右期間中本件土地買収計画に関する書類を大胡町役場において縦覧に供したが、右期間内に原告からは本件土地につき異議申立はなされなかつたこと。

(ロ) そこで同農地委員会は、右買収計画について群馬県農地委員会に自創法八条の規定による承認方を申請し、同年一〇月二日右承認がなされたこと。

(ハ) ところが、本件土地は前記売渡期日の直前である同年九月一五日、本件土地付近を流れる荒砥川氾濫による水害で被災するにいつたので、大胡町農地委員会は群馬県の指導により本件土地を買収計画から除外することとし、所定の手続を経て群馬県農地委員会に右計画の修正承認を申請し、同年一二月ころそれが承認されて本件土地は買収の対象からはずされたこと。

(ニ) しかるに大胡町農地委員会は、本件土地が買収の対象から除外されていたにもかかわらず、本件被災前の買収計画にもとづいて誤つて本件土地売渡の進達書を作成し、それにもとづいて群馬県知事は昭和二三年六月三〇日、五代武雄に対して売渡期日を昭和二二年一〇月二日とした本件土地の売渡通知書を交付して本件土地を同人に売渡す手続をなしたこと。

(ホ) ところで本件被災後の昭和二三年二月五日、本件土地付近一帯の農耕地を対象として群馬県知事の認可を得て荒砥川耕地整理組合が設立されたが、その際同組合は本件土地の所有名義人北爪勝寿に対して組合に加入するよう求めたのに対し、当特既に右北爪を相続していた原告からはなんらの連絡もなかつたため、五代武雄が本件土地の耕作者として組合員となり、耕地整理事業の工事費等の納入を続け、原告は本件土地の復旧につき事実上はなんら関与するところがなかつたこと。

(ヘ) そして昭和二五、六年ころには耕地整理もほぼ完成し、このころから五代武雄は被告五代たから家族とともに右整理後の本件土地を再び耕作し始めており、昭和二八年三月一九日には前記耕地整理組合はすべての整理事業を終えてその登記を完了(本件土地はこの時点で登記簿上原野から畑と変更された。)したが、この間原告から五代武雄に対し右耕作の開始ならびに継続についてなんらの異議申立もなされなかつたこと。

(ト) ところが、原告は昭和三二年ころにいたり、本件土地はみずからの所有であるとして五代武雄に引渡を求めたが、同人は依然として右土地の耕作を継続してそれに応じなかつたこと。

(チ) そこで、原告は同年三月前橋簡易裁判所に五代武雄を相手として本件土地の占有移転禁止ならびに原状変更禁止の仮処分を申請してその旨の決定を得、ついで同裁判所に対して右五代を相手に本件土地引渡請求訴訟を提起するにいたつたが、右訴訟係属中であつた昭和三五年七月一日、被告国は本件土地を農地法六条一項一号に該当するものとして買収し、昭和三八年一二月一日、それを被告五代たかに賃貸したこと(この事実については当事者間に争いがない)。

以上の事実を認定でき、右認定に反する<証拠省略>は措信できず、他にこれを左右する証拠はない。

(5)  右(4) の事実によれば、昭和二三年六月三〇日付売渡通知書をもつて同二二年一〇月二日を売渡期日としてなされた被告国の本件土地売渡処分は、買収されていない土地の売渡であつて、右処分の経緯に照らせば、右処分には重大かつ明白な瑕疵があつたものといわざるを得ず、従つてそれは無効というべきである。そうとすれば、本件買収処分にいたるまでの本件土地の所有権は依然として原告に存したものといわなければならない。五代武雄は前認定のような経緯から、前記昭和二三年六月三〇日以降本件土地所有権は自己にあるものと信じて耕作を続けていたのであるが、右の次第であるから五代の右耕作は所有権にもとづくものであつたということはできない。

しかしながら、前認定のように、五代武雄は昭和二〇年ころ、それより前同人と滝沢林平との間に締結されていた本件土地転貸借契約につき、右滝沢の賃貸人であつた北爪勝寿の承諾を得て、右時期以降(途中本件被災による中断はあるがその期間を除き)本件買収処分にいたるまで、右土地の耕作を継続してきたのであつて、この間、北爪勝寿(および同人を相続した原告)・滝沢林平間の本件土地賃貸借契約ならびに滝沢林平・五代武雄間の本件土地転貸借契約を終了、消滅せしめる事情につきなんらの主張、立証のない本件においては、五代武雄は昭和二〇年ころ以降本件買収処分にいたるまで、正当な権原ある本件土地耕作者であつたというべきである。

なお、前認定のように五代武雄は昭和三二年ころ原告から本件土地の明渡請求をうけた際、それに応じなかつたのであるが、その際、仮に同人が右土地の所有者であると主張した事実があつたとしても、それは被告国の誤つた前記売渡処分により右土地の所有権が自己に帰属するにいつたと誤信したためであり、右誤信がなければ同人は原告の右明渡請求に対しては、本件土地の耕作は原告の前主北爪勝寿の承諾を得た前記滝沢林平との間に締結された本件土地転貸借契約にもとづいている旨を主張したであろうと考えられ、右事情に照らせば、五代の前記態度をもつて右転貸借契約消滅の事由となすことはできず、従つて五代の右態度は右転貸借契約の効力になんらの消長をおよぼすものではない。

もつとも、原告は本件土地は本件被災によつて耕地としての利用が不可能となり、原告・滝沢林平間の本件土地賃貸借契約は消滅した旨主張するが、前認定のように本件土地を耕地として利用することが不可能となつたのは、本件土地付近を流れる荒砥川の氾濫により本件土地に土砂等が流入したためであつて、本件土地じたいが滅失したためでなく、また右被災から約五カ月後には本件土地付近一帯を救象地とする耕地整理組合が設立されて耕地の復旧、整理事案が開始され、昭和二五、六年ころには本件土地は耕地として完全に復旧している事実に照らすと、右被災により本件土地を耕地として利用することが不可能となつたのはあくまでも一時的なものであつて、右被災により本件土地が耕地としての性質を失つたものとは認められず、従つて本件被災をもつて直ちに本件土地賃貸借契約消滅の事由となすことはできない。従つて原告の右主張は失当であると、いわなければならない。

(6)  そうすると、本件買収処分の時点においては、五代武雄は本件土地を所有権以外の正当な権原にもとづいて耕作していたものというべく、従つて被告国が本件土地を農地法二条二項にいう小作地に該当すると判断したことは正当である。してみれば本件土地が農地法上の小作地でないことを前提として本件買収処分の無効をいう原告の主張はその余の点を判断するまでもなく失当である。

2  本件土地は農地法上の農地でないとの主張について

原告は、昭和二二年九月一五日の本件被災により本件土地は荒蕪地に帰し、以後右土地は荒蕪地であつたものを五代武雄が原告に無断で開墾、耕作していたものであつて、右耕作は本件土地所有者である原告の意思に反するものであるから農地法上の農地ではない旨主張するので判断するに、前認定のように本件被災により本件土地は一時的には耕作が不可能な状態に帰したとはいえそれによつて耕地としての性質を失つたものとはいえず、従つて本件被災後に行なわれた耕地整理事業は新たに耕地を開墾する事業であつたというよりは被災した耕地の復旧、整理の事業であつたというべきであり、また右事業を行なうに際しては前認定のように前記荒砥川耕地整理組合は本件土地所有名義人北爪勝寿に組合加入を求めたのに対し、当時既に右北爪を相続していた原告からはなんらの連絡もなかつたため、本件被災前の本件土地の正当な権原ある耕作者であつた五代武雄が組合員として加入し、各種負担金を支払う等本件土地の復旧整理に関与したものであつて、右各事実に照らすと原告の前示主張は理由がないものといわねばならない。してみれば本件土地が農地法上の農地でないことを前提として本件買収処分の無効であることをいう原告の主張はその余の点を判断するまでもなく失当である。

三  よつて本件買収処分の無効を前提とする原告の本訴各請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用については民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 植村秀三 柳沢干昭 出口治男)

物件目録<省略>

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